好きの反対は。

好きの反対は嫌い。

ではなくて 無関心 だと思う。


だからこそ。
むかつく とか
腹たつ という気持ちを抱いてしまったことに
自分自身、まだ無関心になれていないコトに気づかされ
その気づきで、ちょっとへこんでしまったわけですが。

無関心とはいかなくとも
好きという気持ちが薄まってたのか
むかつく気持ちもすぐに薄らいだけどね。

だいすき ありがとう

9.11 事件のエピソード。

ピッツバーグに墜落した飛行機に乗っていた乗客は
テロだとわかったとたん、みな携帯電話で電話をかけだしたとのこと。

アタシもドキュメンタリーで観た。

20歳の男性はお母様に電話をかけ


お母さん、ありがとう。
お母さん、愛してる。


と伝えたそうだ。

そのお母様は、しばらく涙で言葉にならなかったそうですが
息子である彼に伝えた言葉は

私も愛してる

とある研修会で話をしていたのだが
これが日本のお母様なら、きっと 愛してる じゃなくて


大丈夫?
怪我はない?

と返事するような気がする、と。


これは愛情表現の仕方だけの違いであって
どっちが正しいとかそういう話ではないのだけども
アタシとしては


愛してる

もしくは

だいすき
ありがとう

をちゃんと伝えたいし、伝えられたらなって思った。


以心伝心なんて、ほんの一瞬。
その一瞬一瞬で日々は積み重なっていくのだけども
ちゃんと気持ちは言葉にして伝えたい。

強くなりたい。

妄想しだしたらキリがない。
どんどんどんどん深みに走る。


そこにはなんの実態もないのに。

そこにあなたがいるはずもないのに。


目で見えるコトだけがすべてだと思えるほど
もう無邪気な年齢でもないけども

でも目に見えるコトやモノは、少なくとも事実だとも思う。

だから、それらを信じる強さがほしい。
できるなら俯瞰してみることのできる目と。